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このサイトは私がこれまで旅行や出張で海外へ赴いたときに撮影した写真とメモを覚書的性格でまとめたものです。時代的には1985年から現在までをカバーしています。どうぞお見知りおきを!

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最新ギャラリー

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東欧の街、市場経済移行期の様子

sighisoara, Romania 1985年に ポーランドPolandチェコスロバキア CzechoslovakiaハンガリーHungary東ベルリンを旅行した。数年後に共産主義が崩壊、東欧諸国は市場経済へ移行していく。90年代に再度これらの国を訪れる。また、新たに ブルガリアBulgariaルーマニアRomaniaも訪れる機会を得た。トランシルルバニア地方(ルーマニア)の小都市、シギショアラ(1999年世界遺産登録)、12月のある日曜の朝、丘の上の教会(山上教会)に行く途中、子供たちに出会った。屈託のない笑顔はルーマニアの経済低迷を忘れさせてくれるような希望にあふれていた。

ソフィア Sofia

アレグザンダー・ネフスキー寺院 ソフィアブルガリアの首都バルカンの付け根に位置する人口145万人の都市、長い間トルコに支配されていた歴史的経緯からブルガリア正教のほかにイスラム寺院も市内に散在している。正教の総本山は リラの僧院、イスラム支配から逃れ営々とその宗教を守り抜いてきた。 古都プロブディフ、黒海の港湾都市ブルガス、美しい村コプリニシッツア、ブルガリアワインやヨーグルトなど素朴なお国。ウィーンから鉄道で ユーゴスラビア・ベオグラードを経由したときのこと。(1996-97年)

ブカレスト Bucharest

central bank of romania ブカレスト中心部には数多くの歴史的な建物が多く残され、今でも省庁等の公共施設として 利用され、プチ・パリと呼ばれたかつてのブカレストの面影が残っている。チャウセスク時代にその旧市街の一部が取り壊され人民宮殿が建ち、宮殿に繋がるビスタが形成された。ブラショフBrasovシギショアラShigisoaraメディアシュMediasシビウSibiuなど。(1998-99年)

プラハPrague, Prague, Praha

Prague, Czech プラハ、共産主義時代だった1985年の夏のある日、カレル橋の袂に佇みプラハ城がシルエットとなっていく黄昏時を迎え、 その静かなひとときを楽しんだ。その後、薄暗い街灯の明かりを頼りにしながら夜道を歩き、火薬塔までたどり着いた。 暗い街角から人が近づいてきて、西側へ出たら手紙を投函してくれるよう頼まれた。2000年1月1日はこの街で迎えた。 旧市街の煌々とした明るさや観光客の多さに舌を巻くとともに今や昔の記憶なのだと思った。(1985年2000年

ワルシャワ Warsaw

Zum Warsaw, Poland 2000年1月の 、霧が濃く重い気分、反面イルミネーションがとても生えていた。ツム百貨店Zumの ディスプレイはとても綺麗だった。その前のバス停には家路を急ぐ人が多く待っていた。数年前に地下鉄が一部開通し、 市民の足の一つになりつつある。1985年にポーランドを訪れたときにはクラコフKrakowへも行き、アウシュビッツを見学した。(1985年2000年

ブダペスト Budapest

ブダペストBudapest、ウィーンから列車でブダペストへ入った。1985年8月憲法記念日の日 だった。中央市場でスイカを買ってドナウ河畔で喉を潤した。その後、1993年、1997年と訪れた。1997年には査証が免除に なっていた。ブダペストの郊外にサンタンドレSzentendreという街まで郊外電車で足を伸ばした。(1985年、1994年、1997年

西ヨーロッパ

ロンドンパリウィーンミラノフランクフルトツェルマットヴェネツィアなど、西ヨーロッパ諸国は一人旅で訪れた。

アジアの街、混沌と活気!

Hanoi, Vietnam 混沌という表現が相応しいアジアの街、 バンコクBangkokはアジア経済危機にもかかわらずスカイトレインを2000年12月にオープンさせた。 カルカッタCalcuttaはまたひと味違う雰囲気を持つ。 植民地経営を実施した英国東インド会社の名残が色濃い。ドイモイ後、順調に発展を続ける ベトナムの首都 ハノイHanoiホーチミンシティHo Chi Minh City、ダナン、古都フエ、ホイアンなど。1997年に返還された 香港Hong Kongマニラなど。(1990年代)

中東の歴史都市ダマスカス・シリア

damascus_small Damascus, Syria、世界で人が居住し続けているもっとも歴史ある都市、ダマスカスDamascus。聖書にも記されている真っ直ぐ長い道がオールドダマスカスに今も当時の線形のまま残る。 アルファベットの原型が生まれた地域、フェニキア人が残した地中海沿岸の街、ラタキア(Lattakia)。 キリスト教に縁のあるマアルーラMaaloula、セイドナヤSaydnaya、聖ヨハネが生まれたタルトゥースなど歴史の教科書のような国 シリア。ホムスHoms、ハマHama、パルミラPalmyraなど。(1994−2004年)

シルクロードの国ウズベキスタン

tashikent, uzbekistan Uzbekistan、中央アジアの経済文化の中心地、タシケントTashikent、シルクロード要衝の地、青の都 サマルカンドSamarkandやヒバKhivaなど。歴史的文化的に豊かな遺産を持ちかつ灌漑政策の影響で干上がりつつある アラル海 Aral Seaや塩害等の環境問題を抱える国、 ウズベキスタン。 (1996年)

中米、パナマとコスタリカ

パナマ運河small Panama、パナマといえばPanama運河、1999年12月31日、カーター・トリホス条約に基づいて 米国からパナマへ返還され、米国南方方面軍は運河地帯から全面的撤退。カリブ海側のクナ族の自治区クナ・ヤラや植民地時代の文化や遺構など観光資源は豊富にある。(1994-95年)

Peque, Costa Rica コスタリカ Costa Rica 我がアパートの住人、ペケとコスタリカの様子です。サンホセは熱帯高地過ごしやすい。太平洋側ニコヤ半島Nicoyaと オサ半島Osaを探索。オサは80年代にゴールドラッシュに沸いた。熱帯雨林が代表する大自然の土地。 ニコヤNicoyaはサーフポイントが多く各国からサーファーが訪れている。(2000年)その他、中南米:ブラジル 北米:Philadelphia, USA

アフリカの大地、ザンビアにて1986−88

lusaka_small ザンビアの首都ルサカLusaka、ジャカランダやフランボヤント(火炎樹)が咲き乱れる緑豊かな都市、そして世界三大瀑布に数えられる ビクトリアフォールズ Victoria Falls、 野生動物が豊富なサウスルアングア South Luangwa、 銅鉱山地帯(Cpper Belt)、キトウェ Kitwe、ソルウェジ Solwezi、東部州チパタ Chipata、 ハラレ Harareブランタイヤ Blantyreなども。(1986-88)

東アフリカインド洋沿岸など

ザンジバルsmall Zanzibar, Mombasa, Lamu Island;1986-88、内陸国ザンビア・ルサカからインド洋沿岸都市へ旅行した。ダルエスサラーム、 ザンジバル島ZanzibarモンバサMombasa、マリンディMalindi、ラム島Lamuなど青い海と目映いばかりの原色の花々。アラブ交易の面影を旧市街に残すイスラミックアフリカ。 タンザニアTanzaniaケニアKenyaなど。 (1986-88)

横浜港-ナホトカ航路シベリア鉄道でモスクワへ

レーニン廟 モスクワ1985 ソ連邦時代のモスクワ Moscow in USSR Era、 ゴルバチョフ政権へ移行したばかりの1985年6月下旬、横浜からナホトカ航路−シベリア鉄道 経由でモスクワを目指した。 途中イルクーツクで下車、バイカル湖畔のロストヴァンカ観光村を訪ねた。鉄道だけで9300キロの旅、 日数で1週間を要した。その後、モスクワ市内キエフ、そしてレニングラードへ。ペトロドヴォレツへも。 見知らぬ共産主義国ソ連、近くて遠い隣国でのある夏の体験。(1985年)

1985年:フィンランドストラスブールウィーン

back log

初めての異国、ヨーロッパの各都市1983年

1983年2月、初めて外国の地を踏んだ。そこは、英国ロンドン、その後、ドーバー海峡を渡り西ヨーロッパ各国各都市を訪ずれた。ブラッセル、ブルージュ、アムステルダム、ハンブルグ。コペンハーゲン、ストックホルム、ヘルシンキ、ハイデルベルグ、ケルン、パリ、ジュネーブ。フィレンツェ、ヴェネツィア、ローマ・・・・、1ヶ月あまりユーレールパスを片手に縦横断した。そして、ローマからアテネへ飛び、スニオンの岬から紺碧のエーゲ海を眺める。アテネからはJAL南回りでカラチ、バンコクを経由して成田に戻った。(back log1)(1983年2-3月)

ナホトカ航路シベリア鉄道東西ヨーロッパ+モロッコ周遊1985年

最初のヨーロッパ旅行で魅せられたのか、次回の計画を帰国後立て始めた。時間と費用が許す限りと貯金を始めて2年数ヶ月、約60万円の予算で1985年6月末、ヨーロッパ旅行を挙行した。前回の情報を基に更に情報収集を行い、往路は横浜港からナホトカ航路でシベリア鉄道でモスクワまで行き、キエフ往復、レニングラードを経由してフィンランドへ、そして、ストックホルムでインターライルパスを購入し西ヨーロッパへ、途中、西ドイツから東西ベルリン、ポーランド、チェコスロバキアへ、西ドイツからウィーンを経てブダペストを往復、インターレイルパスが使えるモロッコへも足を伸ばした。約100日間でユーラシア大陸を横断し、最西端のポルトガルのロカ岬へ達した。復路は片道航空券をローマで購入、縁あったのか再度モスクワ経由のアエロフロートで帰国した。(back log2) 1985年6月−10月

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Dec.12, 2006
Photo Album Brazil(2002)開設、Belem, Brasilia, Curitiba, Porto Alegre

Sep.30 2006
海外ホテル滞在記を分家

Sep.30 2006
ソ連東欧1985を分家

Feb17,2006
ウズベキスタンブルガリア東ベルリン衣替え

Aug 30, 2005
Bosnia and Herzegovina, Croatiaを更新、 Vietnam and Maldivesリンクサイト開設

01 June 2003
サーバーのお引越し(Lolipop)

XX Jan.1996 開設

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右:ヴェネツィアの八百屋(ボート)
左中:ルサカの朝焼け
左:ザンジバルのストーンタウン

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